1分で分かるかつお節の歴史、レッツ・スタート!
そのまま食べても美味しいかつおですが、日本では古くは大和朝廷以前から煮乾し、塩乾しなどが行われ、保存食としても重宝されてきました。
かつお節に近いもので記録に残っている最古のものは、奈良時代の「古事記」に記された「堅魚」になります。
かつおの保存食は平安時代には兵糧として活躍し、鎌倉時代には武士の間で「勝つ男」と縁起が担がれて一層広まりました。
室町時代には焙乾技術が生まれ、さらに現在のかつお節に近づきます。「花鰹」という言葉もこの時代から使われ始めました。
江戸時代、かつおはとても高価なもので、かつお節はポルトガル船やイギリス船などで明国やシャム国などに輸出されていました。
紀州では焙乾小屋が改良され、「熊野節」として一躍有名になります。
かつおの漁法や熊野節の製法は土佐国に伝えられ、土佐藩はかつお節を藩の貿易品にしようと考えました。
改善が重ねられた「改良土佐節」は、やがてかつお節の大消費地であり集散地でもあった大坂で主力商品にまで登りつめます。
その後、伊豆でも改良土佐節の製法が取り入れられ、そこからあみだされた独自の製法で全国的にも「伊豆節」として知られるようになり、改良土佐節と肩を並べるまでになりました。
ちなみに伊豆の改良節は「焼津節」の起源とされています。